たましいはドーナツ


死は悲しいか?」という話が面白かった。

タテマエとしてでも「死は悲しい」としておく事が大切なんじゃないかなぁ、と書いてた。

人は死んだら、死んだ本人の意思がなくなる。

けど、まわりの人の思い出には残って、それが「たましい」やろう。

死んでなくても、例えば、意識がなくて延命治療を受けてる人がいたら、

その人の意思はなくても、そのまわりの人の意思がある。

それは、「たましい」と同じようなもんやろう。

(意思がないと思い込んでるだけで、ほんとはあるかもしれないけどなぁ。)

今日新聞で読んだけど、7割の人は、自分は長いこと延命治療を受けたくないらしい。

けど、自分の家族とか、自分以外の人の延命治療をやめる、とはなかなか言いにくいようや。

そんなような事からなんとなく、「たましい」がドーナツみたいになってるような感じがした。

だからなんやというと、別になんにもないけど。(・_・ゞ-☆

たましいはドーナツ_a0003166_153094.gif

そういえば、後悔も「たましい」と同じようなもんかなぁ。と思う。

後悔する気持ちはたくさんあっても、やってしまった事そのものはもうなくて、

ドーナツみたいなもんやと思う。

後悔ってドーナツかぁ、と思うと、、、後悔はドーナツやなと思う。(・_・)?そのままかぁ



2006-03-29 01:14 | 未分類