鼻と目がかゆい
政府がMDシステムをどうするかとか話してるらしい。
MDって便利やなぁ。よく使うわ。
すごい便利なのはいいんやけど、鑑賞ならMDよりCDやなぁ。
ところで今日はフラフラと田舎のほうに行った。

「大昔から人は、自然を手入れして共存してきた。それが日本の里山」
と聞いたことがあるけど、ほんまにそうやな。(左の写真)
見てるだけで和むなぁ。
自然と人間が和んでるんやから、そら心も和む、ってことかなぁ。
(けど、ここに住むとなると、俺にはちょっと今の生活と比べて不便や。)
ダム湖にも行った。(右の写真)
ダムって便利やなぁ。川の流れをコントロールして、水不足にならないようにしてる。
ほんまに便利やし、景色もいいと言えばいいんやけど、
よく見ると山が削られてコンクリートで固めてあったりしてる。
鑑賞にはあんまりやなぁ。
便利って難しいもんやなぁ。
ミサイル防衛(MD)システムも、便利と言えば便利やけどなぁ。
はすごいなぁ。
北朝鮮の美女軍団みたいに、みんながピッチリしすぎるのは俺にはちょっと堅苦しいな。
アメリカの野球観戦みたいな、一人一人が楽しむっていうのも俺は嫌いじゃないけど、
やっぱり、
甲子園の応援とか、サッカー日本代表の応援とか、ああいう「まとまり」があるのって好きやな。
それに、別にその「まとまり」に入らなくてもかまわない、ってところがまたいい。
応援しなかったからって怒られへんもんなぁ。
ほんまにものすごい良いと思うわ。
と言いながら、俺はテレビ観戦専門やけど。
本物は小さくて見えへん。

↓どうでもいい話
日本は欧米に比べて「まとまり」が大事らしい。
特に田舎なんかやと、新しく引っ越してきた人は「よそ者」とか言うし、
小中学校なんかでちょっとみんなと違ってたりすると生意気やといじめられるし。
悪い部分があるということは良い部分もあって、
「うち」の人が困ってたらみんなで助けよう、ってなる。
みんなで助けるってことはものすごいことやな。
「まとまり」に限らず、どんなことでもだいたい、良い部分と悪い部分があるやんなぁ。
このごろ自己責任という言葉が出てきた。
「自衛隊は撤退した方がいい」と政府の考えと違うことを言うのは「よそ者」だ、
という考えと、
日本の国民なんやから「うち」の人間だ、
という考えがある、ような、そうでないような、よくわからん。
よくわからんけど、自己責任と言ってるうちの多くは、
「まとまり」を守るために「よそ者」を攻撃してるだけで、
それはいじめと同じ構造という気がしないでもない、
ような、そうでないような、分からん。
「まとまり」の良さと、「ばらばら」の良さ(については書いてないけど)、
いいとこだけをうまく取り入れよう、などといううまい話は、、ないか。
けど、「まとまり」があって、そこから出ても、それはそれで認められる、
(別の、もっと大きく深い「まとまり」に入ってる)
そんな甲子園の応援みたいなの?が俺は好き、とわかった。
ああだこうだ言ったけど結局、
唇を見たり、胸を見たり、お尻を見たり、足を見たり、バラバラに見るのはそれはそれでいい、
けど「まとまり」として見るのもまたいい。
そこで、この身体にしては貧乳とか、この胴にしては足が太いとか、この顔にしては唇が厚い井上和香みたいとか、
そういうのを排除せず、それはそれで一つの身体の「まとまりの一部」として認めることが、
俺は好きということや。
太鼓はいいなぁ。
ドシンドシンって身体に響くのがいい。
聞くなら、やっぱり本物が一番良いんやけど、そうもいかないからCDで聞く。
けど、普通に再生したらドシンドシン感が足りない。
だから、音を調節して低音を増やすんやけど、
その調節する機械が俺の持ってるのはしょぼい。
オークションで3000円ぐらいで買ったやつや。
だからちゃんとしたのを欲しいんやけど、それがなかなかない。
というのも、そういうので音を調節するのは邪道と考えられてるみたいで、
売れない、ということは、ほとんど売ってない。
(業務用なら結構あるけど。)
デジタル技術とかいうので、細かい音までハッキリ出るものを目指してるらしい。
細かい所を見るのはそれはそれで大事かもしれないけど、
全体の音のバランスも大事やなぁ。
音を調節して全体のバランスを整えるってことは、ものすごい大事やと思うんやけど、
いまいち技術はそういう方向に向かってないのは、
木を見て森を見てないような、性器を見て身体を見てないような感じやな。
昨日は夜の2時に寝て、今日の朝9時に起きて、
朝11時にまた寝て、昼の2時に起きて、
昼の4時に寝て、夕方の6時に起きた。
合計12時間も寝た。ヽ( ´¬`)ノよく寝たなぁ。
考えてみると、
太陽はだいたい12時間出てて、12時間隠れてる。
12時間寝るのが、動物としてちょうどいいんちゃうかなぁ。
と思ったんやけど、どうなんやろうなぁ。
ところで、このごろ果物を食べて口がかゆくなることがある。
ちょっと調べたら、花粉症になる人は、そうなりやすいんやって。
俺はカモガヤの花粉症や。
考えてみると、果物食べられへんなんて、動物としておかしいな。
動物が果物を食べて、それで種が運ばれるんやから。
そんなわけで、人間はもっと動物的になるのが良さそうや。
4本足で歩いて、ワンワン言っとけば花粉症治るんちゃうか。
(´д`)色々考えたけど何も思いつかなかった。
↓追加
と思ったけど、このごろは犬も花粉症になるらしいなぁ。
今日はなんにもなかったなぁ。
(突然やけど火曜の続き)
けど、人の道をはずしてるは言いすぎ、とも言えるかなぁ。
だいたいどんなことでも、あんまり間違いじゃないな。
けど、「あんまり間違いじゃない」ということは、間違いでもあるやろうなぁ。
けどそれよりも、「どっちもたいてい正しい」、と言うほうがいい気がした。
「たんけん はっけん ほっとけん」
というのを琵琶湖周辺の小学生がやってるらしい。
琵琶湖の水路を探検して、環境問題を考えるんやって。
大人っぽい言葉の「水路の調査」じゃなくて「たんけん」って所でまず子どもはワクワクする。
探検でワクワクするのは、子どもだけじゃなくて、大人もやんなぁ。
俺もワクワクするわ。
俺がこのごろ学校の授業が面白いと思ってるのは、「たんけん」してるからのような気がした。
考えてみれば、勉強だけじゃなくて、仕事とか、人付き合いとか、子育てとか、多分人生のものごと全てが「たんけん」で、そこに「面白い」がある気がした。
「たんけん」しなかったら、つまらないこともあるやろうなぁ。
と思ってたら、さっき面白いのを読んだ。
メドレーを生きたがる精神
「人はいつまでも、好きな人と、好きな仕事ばかりは、
しておられないのだ。」
と書いてた。
ほんまにそうやろうなぁ。俺は仕事したことないけど。
俺がこのごろ面白いと思ってる授業は、前はものすごい嫌いやったし、今も別に好きじゃないんやけど、「好き」とか「嫌い」の先に「面白い」ってあると思った。
小学生の話に戻るけど、
環境問題が好きな人ってあんまりいない気がする。
でも、面白いと思う人はいっぱいいるやろうなぁ。
(俺は別に琵琶湖周辺の人じゃないけど、環境問題の話は、なぜか小学生の時から面白いと思ってた。)
「たんけん」って、「好き」とか「嫌い」の、ベールというか、先入観と言うか、そういうものを突き破って、さらにその先に進むんやろうなぁ。

「たんけん はっけん ほっとけん」の話の続きやけど、
探検して、生き物を見つけたりとか、色々な「はっけん」で驚く。
発見ってほんまに面白いな。(そういえば昨日の日記は発見やったなぁ。)
それで、水が昔と比べて汚れてることも発見する。
(これは地域の人に教えてもらうらしい。)
そしたら、昔より汚れてるとは、これは「ほっとけん」となるんやって。
「たんけん はっけん ほっとけん」
ってほんまにいいわ。
人生「たんけん」で生きたいな。
それにしても、なんか文がごちゃごちゃしてるけど、時間ないからまたなおすとして今はこのままでいいや。
「まいにちスクスク」という番組を見てたら、高田万由子が出てて(HPは字間違ってるみたい)
あっ!矢口真里の目と同じや!と思った。
(・_・ゞ-☆それがどうした
他人の感動って、どうでもよかったりすることがよくあるなぁ。
けど俺は他人の感動に興味がある。
心の中が見えるってことは、むちゃくちゃエロいことやなぁ、と思うわ。
服脱いでも、パンツ脱いでも、いろんな穴の中をのぞいても、
(身体を解剖しても、脳を解剖しても)
心の中は見えないんやから。
見えないものは見たい。
けど汚いものまで見えるなぁ。
いろんなのを脱いだら、汚いものも見えるのは当たり前か。
何の話か分からなくなってるけど。。
このごろ下品なのが多いなぁ。
それだけ、俺も脱いでるってことかな。ちゃんと着るもの着てるけど。