「堀江のおしゃれなカフェでおいしいもん食べながら、水木しげるの妖怪の話でもしよう。」
こんなメールを送れば、それは本物の堀江メールやろう。
水木しげるの妖怪は、本物じゃなくてマンガやから、ニセモノで偽造やけど、
妖怪は人間の心の中にいるから、いつか見えたり感じたりするかもしれなくて、ある意味、存在しないとは言えない。
のと同じように、堀江メールの「偽造」は(疑惑が)「存在しない」ことを意味しないようや。
「堀江のおしゃれなカフェでおいしいもん食べながら、水木しげるの妖怪の話でもしよう。」
こんなメールを送れば、それは本物の堀江メールやろう。
水木しげるの妖怪は、本物じゃなくてマンガやから、ニセモノで偽造やけど、
妖怪は人間の心の中にいるから、いつか見えたり感じたりするかもしれなくて、ある意味、存在しないとは言えない。
のと同じように、堀江メールの「偽造」は(疑惑が)「存在しない」ことを意味しないようや。
ジョギングしてたら、梅が咲いてるのを見つけて、いい匂いがした。
明日はもっと梅がたくさん咲いてる近所の公園に行こうと思う。ヽ(´ー`)ノ
鈴鹿サーキットのモータースポーツファン感謝デーに無料で入れる券があって、入場料の1600円がただになる。
けど鈴鹿サーキットまで行くのに往復5000円するし、片道4時間ぐらいかかるから、行くか行かないか結構悩みどころや。
往復8時間かかってでも、行ってみようかなと思うぐらい、俺には面白そうやということやろう。
当たり前やけど、距離があるというのは、(物も心も)離れてるという事やなぁ。と思った。

最近ちょっと忙しくて疲れてたけど、昨日やっと暇になって、今日やりたい事は何かと考えたら、水泳やったから、泳いで疲れた。
水泳の疲れは、忙しい疲れとはまた違う疲れで、それはそれでいいなぁ。
たとえば、何かいやなことがあったりしたときに、
「それはそれとして、小説の世界はどうなったかな?」
と、現実とは別の世界があれば、なんかいい。
本の世界でなら俺?は、結婚して、離婚して、金持ちになって、会社がつぶれて、自殺したり、戦争して、殺されたり、素晴らしいことも、ひどいこともした。
それを思うと、現実はものすごく平凡でいい。
けど、平凡ばかりじゃ、つまらない。
現実の世界で何かにのめりこんでるときに、
自分は今のめりこんでるなぁ、と思いながらのめりこむのは、なんかいい。
たとえば、恋は盲目と言うけど、そうやと分かりながら、わざと恋は盲目の状態になってるのは、なんかいいと思う。
それはたぶん、現実の世界を、別の世界として見てる感じなんやろう。
よく分からんけど。(・_・)?

コンピューターのプログラムは、怠けるためにある。
けど、そのプログラムを作るのに苦労する。
というのは、
世の中はどんどん便利になっていくけど、
便利になるために苦労しないとあかんから、
結局、便利になったことで豊かになるわけじゃない、
(豊かさは、便利とは別の所にある)
ということやろうなぁ。

観たぞ、トリノオリンピック!というのをよく読んでて、
にわかファンたちが「そんなところに注目してるんかぁ」というところに注目してて面白い。
今俺は、カーリングで動きながら氷をこすってる人がストーンを蹴らないかどうかに注目してて、観てるとハラハラする。でも足をストーンに当てる人は誰もいないようや。
多分カーリングの選手は、散らかった部屋でもスムーズに移動できるやろう。(・_・)?
ところで、オリンピックじゃなくて、普段の世界大会とかで日本人が上位に入ってないのに「メダルが期待できる」とか、メダルが取れなかったら「日本人はどうなってるんだ」と怒ったりしてる人は、多分にわかスポーツファンやろう。

新聞に阿久悠の話が載ってて面白かった。
阿久悠の子どもが小学生の時に、家族の絵を描くっていうのがあって、本を読んでる母親を描いたら、先生に「お母さんはもっと他のことをしてるでしょう」と言われたということが昔にあったらしい。阿久悠はそれを最近ふと思い出して、「これだ!」と思ったようや。
家族の中で母親が本を読んで、いろんな世界を取り入れようとしてるのがいいし、その姿を子どもが見て、無理して勉強するんじゃなくて、自然といろんな知識を吸収しようとするのもまた良くて、すごくいい家族の姿じゃないかぁ、みたいなことが多分書いてあっと思う。それで、そらいいなぁと思った。
俺はしゃべるのがめんどくさいことがよくあるかわりに、人の話を聞くのは好きやから、俺が結婚したときには、家で奥様が本でも読んでたら、俺はあまりしゃべらなくてもいいし、奥様が本で読んだ面白い話をしてくれると俺は嬉しいやろう。ヽ(´ー`)ノ