安心を得る方法 (軽薄な?宗教の解釈)

【儀式の安心】
計画を立てると、途中で迷わなくて安心するし、計画通りできたら安心する。
・宗教の儀式は、計画みたいなもんやろう。
・計画は、納得できるものでないと、安心できない。
儀式も、「この動作で悪魔を払う」みたいな、納得できる意味がいる。
・計画通り動く、というのを大きくして、
人生の指針を立て、指針に沿って生きる、
というのもあるやろう。
・なんでも計画を立てないと嫌になる、計画依存症?の人は、
「この時間は計画を立てずにのんびりする」
という計画を立てれば良いかもしれない。(・_・)?
【愛される安心】
愛されると安心する。
・愛される、というのには、
見守ってもらうとか、認めてもらうとか、そういうのもあるやろう。
・人に愛されても安心するけど、人の気持ちはよく変わる。
絶対的な神を作り出せば、変わらない。
・キリスト教では、
とても強い神、やさしいキリスト、神秘的な聖霊
に愛されて、安心する。
三位一体で、いろんなニーズに応えられて、支持者が増えるやろう。
・心の中で神を想像するから、これは偶像崇拝。
・人の気持ちはよく変わるけど、気持ちが変わればまた、
自分を愛してくれる人を探せば良いのかもしれない。(・_・)?
【無意識で安心】
苦しみ等は心が生み出してるだけで、心を無意識にすれば、
苦しみ等はなくなって、安心する。
・寝てるときは、苦しみは感じない。
起きてるときは、ボンヤリすれば、苦しみは感じにくい。
・お経を唱えたり、座禅をしたり、踊ったりなど、
ボンヤリする方法にはいろいろある。
・お経を読むことや、踊ることなどは、儀式としても安心が得られる。
・楽しいときにボンヤリしてしまうと、楽しい気持ちを感じにくいかもしれないけど、
楽しいときは興奮して意識がハッキリする、という、うまい仕組みになってる。
・ボンヤリすればいいのなら、お経に書いてる内容はどうでも良いか?
お経に「苦しみなどは心が生み出しただけ」と書いてあるから、
お経を唱えることで、内容を実践できる、という、うまい仕組みになってる。