新聞はテレビ欄から
俺はテレビが好きやから、新聞を読むのはテレビ欄からや。
テレビ欄って、ニュースとか、スポーツとか、バラエティ番組とか、お勉強番組とか、ドラマとか、ワイドショーとか、いろんな番組がずらっと並んでる。
多分これが世界なんやなぁ。(・_・?)かな?
新聞の一面には大きいニュースがのってて、そのニュースで世界が動いてるような気がする?けど、ほんとはテレビ欄でのってる割合ぐらいしか動かしてないやろうなぁ。(・_・?)かな?

ほんとはそんなに大きくないけど、ものすごい大きく見える。
占いも同じかもしれないなぁ。
朝にテレビの占いで「家族に助けてもらう」と聞いたとして、一日中「家族に助けてもらうんちゃうか?」と思いながら生活してたら、家族に助けてもらったことが大きく思える。けど、気にしてなかったら普段しょっちゅうあることやなぁ。
あと、血液型占いみたいなのでも、「A型は几帳面」って思いながら生活してたら、几帳面な部分が大きく思える。けど、気にしてなかったら大して几帳面でもなくて、大雑把な部分も多い。

新聞の一面にのってるようなニュースも、占いも、意識するから大きく見える。
何も言われなかったら平坦な世の中と思いそうな世の中も、何も言われなかったら平凡な一日と思いそうな一日も、何の特徴もなさそうな人も、一面のニュースや占いのおかげで、どこかが目だって見えてくる。起伏ができる。
起伏が目立ちすぎて、他に大事なことが色々あるのに、起伏にしか目が行かないこともあるやろうなぁ。
起伏があることで、良いこともあるし、悪いこともあるようや。
ところで、俺はおっぱいの起伏は大きくても小さくてもどっちでもいいんや。
おっぱいの起伏はそれはそれで大事なことやけど、体全体とか心が大事やもんなぁ。
全然関係ない?けど、紋舞らんの日記で命ある存在は何でも大切、と書いてて面白かった。
陰毛さえ大事と思う気持ちがいいな。(・_・?)テレビ欄もいいけど紋舞らんもいい。