死を知る
さっき風呂でふと思い出したんやけど、
俺が小学生の時に仲いい友達が亡くなった、ってクラスの連絡網でまわってきたとき、「えーそうなんかぁ」と冷静で普通な感じやった。
(関係ないけど、その前の前の日に、給食の前にその友達と俺は一緒にはしゃいで廊下に出て、小学校に入って初めて先生に怒られて立たされた。)
それで葬式に行った時も、「あーやってるなぁ」と普通な感じやった。
おじいちゃんが死んだ時も、「あーそうかぁ」って普通やった。
小さい時から、なんか俺は死を知っても、
||||||||||凹[◎凸◎;]凹||||||||||ガビーン!
とこないのは、なんでやろうなぁ?
なんでやろう?と思った、っていうだけなんやけど。(・_・ゞ-☆
最近、2050年の事をふと考えた。
技術が進歩してこうなってるかなぁ?
変わってるところはものすごい変わってるやろうけど、、( ̄ヘ ̄)ウーン
けど、意外に大して変わってない気がする。
とか思って、
じゃあ、2080年は、、100歳、、もう死んでるやろうな。
と思った時、2080年っていうのがなんとなく身近で、なんとなく恐ろしいような、そんな気がした。
76年後っていうと長い気がするけど、2080年。
( ̄ヘ ̄)ウーン
まぁ、今生きてるからいいや。
(゜ロ゜;)エェッ!?
いかりや長介が亡くなったんやって。
ちーん Ωヾ(-“-;)南無南無。。。。
それにしても、もう春やなぁ。早いもんやなぁ。冬はもう死んだなぁ。
春って、気が張るやんなぁ。(・_・ゞ-☆これが言いたかっただけ。