君が代と胸の谷間
30分かけて君が代は良いとああだこうだ書いたのに消えてしまった。(´д`)
めんどくさいからまた明日書こう。( ̄ー ̄)ノ” ゜ ポイッ
雅楽を聞いてたら「ねんねんころりよ」みたいやと前に思ったけど、また聞いてると「君が代」みたいやとも思った。
調べたら、君が代を作ったのが宮内省の楽師やから君が代が雅楽調なのは当然なんやって。(ここ 「雅楽研究 君が代のひみつ」)
雅楽っていいなぁ。前に東儀秀樹のHPで「雅楽は天と地と空の調和を表している」みたいなことを読んだけど、
調和とか和が、いかにも日本(大和)なんやなぁ。
それで、なんかの本に書いてあったんやけど、君が代って、
「きーみーがーよーはー」じゃなくて、
「きーみーがーあーよーおーはー」って、「あー」とか「おー」とか字足らずでかっこ悪いようやけど、
この「間」がまた、いかにも日本なんやってなぁ。
仲間、人間、時間、世間、胸の谷間みたいに、「間」って何かよくわからないような、あるかないかどっちかと言うと「ない」けど、何かが「ある」から「ない」部分もある、みたいな感じや。
「間」って、「ある」と「ない」の「和」なんやろうなぁ。と思うわ。
きみがあよおはの、「あー」とか「おー」というのも、音楽とか言葉の中の大事な「間」なんやって。
そしたら、君が代ってほんまに「日本」「大和」って感じの曲なんやなぁ。
(ここで終わっとけば良いのに)
そういう曲を「(;`O´)oコラー!歌え!」とか「絶対歌わないぞ(`-´メ) プンッ」と言ってるのは、和を壊してるんやろうなぁ。
そういうわけで、
肌に触れる時は、触れるか触れないかぐらいがすごい良いってことやろうなぁ。
それが和の感触で、きっとそれはたましいの触れ合いなんやろう。
もちろん、距離をおいて接するのもいいし、激しい触れ合いもいいやろうけどなぁ。
そういえば、胸の谷間はそのものが「間」やけど、そこを「和」のさわり方で触れるというのは、たましいと肌と空間の絶妙な調和やな。
さらに、股の間どうしを調和させるということは、
\(・o・)/マア!(*’▽’*)わぁ♪やな。
まぁ俺には難しくてよく分からないわ。
結局また30分かけて書いた。(´д`)4時になってしまった。