和解
この前死んだローマ法王は、和解とか平和とかのために対話をしようと、いろんな国を周ったんやってなぁ。
産経のコラムにこう書いてた。
「八百万の神に手を合わせ、盆や大みそかには寺院に参り、クリスマスにはミサにもでかけてしまう不届きな筆者に宗教を語る資格はない。」
日本って、そういうごちゃ混ぜを、ほんの一部の人じゃなくて、多くの人がやってるなぁ。
クリスマスにミサに行く人は少ないかもしれないけど、クリスマスによく鳥の肉を食べるし、初詣なんか宗教儀式というよりレジャーになってるし、それで、死んだらほとんどの人がお坊さんにお経となえてもらうんやから、ほんまにすごいなぁ。
コラムには(こんなごちゃ混ぜの私には)「宗教を語る資格はない」と書いてるけど、ローマ法王が思ったのは多分、一つのこだわりを持つのは、それはそれでいいけど、日本人みたいな良い加減さをもっと人々が持てばいいんちゃうかなぁ、ってことやったのかもしれないなぁ。
そういうのが心からの和解のような気がする。そんな考えは和解じゃなくて若いかな?(´д`)