気になるを気にする
「気になる」ってことには、ものすごい力があるなぁ。
昨日「おどろおどろしい」って言葉が、ちゃんとした日本語なのかどうか分からなくて、
「あってるんかな?そんな日本語ないかな?」と気になってたんやけど、
それからラジオで1回と、テレビで1回「おどろおどろしい」って聞いた。(・_・ゞ-☆
これって例えば、
占いで「今日は他人の忠告をよく聞きましょう」とか言われると、誰かが何かを忠告してきたりする。と思う。それと同じようなもんかな。
ほんまはしょっちゅう忠告されてるんやな。
そう考えると、、
占いって一日一日を濃くしてくれるかもしれないなぁ。そんな気がした。
俺は占いに興味ないけど、、興味はないけど、そう考えたら、ちょっと気になるな。
それで、「気になる」に戻って、、
どんな人間関係でも(例えば、友達とか恋人とか国同士とか、何でも)、
「相手に嫌われるかもしれない。。」という「嫌われる恐れ」が常に気になるのかもしれない。ような気がした。
あ、でも、親とかやったら、あんまりないかな。
反抗期やったら、むしろ嫌われたい(ほんとはそうじゃないけど)、ぐらいかもしれないな。
アメリカとかブッシュ大統領に嫌われたら恐い、みたいな気持ちが、日本の進む方向を変えるかもしれない。
こういう話になると、書いててつまらなくなる。(・_・ゞ-☆じゃあ書くな、ということや
親とかは別にして、「嫌われる恐れ」は、ふつう気になるんやけど、
そんなこと気にしないでいられる、ものすごい広い心、ってほんまの安心やなぁ。
神や仏ってそういうもんかな?知らんけど。
もしかしたら、親は神や仏と同じかもしれない?分からんけど。
(分からんとか知らんばっかりや。(´д`))
でも、「嫌われる恐れ」を気にせず人と接しても、結構人の心は広いかもしれないし、そうでないかもしれないし、まぁよくわからんなぁ。( ̄ヘ ̄;)この日記がよく分からん。
いろんな人がいるやろうなぁ。
分からんけど、「「気になる」ってことには力がある」と気にしながら一日生きてみると、面白いかもしれないなぁ。