古い本を読んでたら、クーラーは素晴らしい、と書いてた。
クーラーがなければ、夏はボンヤリして何も考えられないけど、
クーラーがあれば、夏でも本が読める。
しかも、クーラーをつけるときは窓を閉めるから、
外の音がうるさくない。
ヽ(´ー`)ノクーラーは素晴らしいなぁ。
古い本を読んでたら、クーラーは素晴らしい、と書いてた。
クーラーがなければ、夏はボンヤリして何も考えられないけど、
クーラーがあれば、夏でも本が読める。
しかも、クーラーをつけるときは窓を閉めるから、
外の音がうるさくない。
ヽ(´ー`)ノクーラーは素晴らしいなぁ。
日本が高度経済成長の時は、外国のマネをして、外国に追いつけばよかった。
だから教育も、習ったことを頭にできるだけたくさんつめこめばよかった。らしい。
けど、日本が外国に追いつくと、日本から新しいものを作らないとあかんようになった。
そしたら教育も、つめこみだけじゃなくて、自分でものを考える力が必要になった。らしい。
自分でものを考えるには、ゆとりが大事、ということで、ゆとり教育が始まった。
らしい。たぶん。

「ゆとり教育のせいで学力が下がった。だから授業時間を10%増やす」という話があった。
それだけ聞くと(頭に詰め込むと)、分かったような気がするけど、
自分でよく考えたり調べたりすると、どうもそう単純には言えないようや。
なのに、それが正しいかのように言う人がいるのは、つめこみ教育のせいかもしれないなぁ。
(・_・ゞ-☆分からんけど

(と思ってたけど、つめこみ教育というのは、根拠のない思い込みだった、という話もあったりなかったりのようや。)

論点:どうすれば地震の被害が少なくて済むか?みたいな、疑問や問題
テーマ:地震の被害について、みたいなもの
関係ないけど、高いところには物を置かないようにしようと思う。…ψ(。。)メモメモ…
本を読んでたらよく、
ちょっと楽しいことを、ものすごい楽しいぞ、と書いてて、
こんなに楽しめたら、日々楽しいやろうなぁ、と思うことがある。

ちょっと楽しいことを、すごく楽しいと言うこともあれば、
ちょっとした問題を、ものすごい問題と言うこともよくあるなぁ。
不二家のちょっとした問題を、わざと大きい問題だと言ってるんじゃないか、という話があって、へぇーと思った。
(「ペコちゃんからアッキーへ」)
あと、日興コーディアルがやったこと、という記事を読んで分かったけど、
会社は、儲けが多いと言えば、株が上がって、会社の幹部のお金が増える。
(「日興コーディアルがやったこと」)
そういえば、
国は、借金が多いと言えば、税金を増やせて、国はお金が増える。
(「純債務で検索」「地方税、大半のサラリーマンで倍増」)
深く考える、というのは、別に「うーん、うーん」と、うなってじっくり考えることには限らなくて、
表面に見えてないことも考えるのが、深く考える、ということなんかなぁ、と思った。
新聞に「春闘をめぐる労使の主な主張」という表があって、
所得格差について経営側の主張は、
「公正な競争の結果としての格差は当然」
と書いてた。
競争の結果としての格差が当然なのかどうかは知らんけど、
もし競争の結果としての格差が当然としても、
競争することが当然かどうか分からんなぁ。

宗教の教義に従って生活して、日々の生活がまともにできなくなる人はよくいるらしい。
宗教をやれば教義に従うのが当然なのかどうかは知らんけど、
もし教義に従うのが当然としても、
その教義が正しいかどうか、良いかどうかは分からないなぁ。
(別に、競争するのが当然、という考えが、宗教の教義と同じ、と言ってるわけじゃないけど)


テレビを見てたら、
フィンランドの指揮者が増えてて、首都はヘルシンキだけど、指揮者は、増える、シンキ
と言ってて、へぇと思った。
あとで気づいたけど、「増える、新規」
かもしれないなぁ。(・_・ゞ-☆どうでもいいけど
最近、歩道の柵を、人があまりいないときハードルみたいに飛んでた。
それで今日ジョギングをしたら、ひざが痛くなった。
小学生のときに、ハードルの練習をしまくってて、ひざがちょっと痛くて気持ち悪い感じになったことがあったけど、そのときと同じ痛くて気持ち悪い感じになった。
時間がたっても治らない痛みもあるようやなぁ。
心の傷とかも、同じようなものかもしれないなぁ。(・_・)?分からんけど
ちびまるこちゃんを見てたら、
ひっつきむしは、「おなもみ」という名前と言ってて、
へぇ、そんな名前かぁ、と思った。…ψ(。。)メモメモ…
視点論点という番組で茂木健一郎という人が、スピリチュアルが流行ってることについて話してて面白かった。
スピリチュアルで癒される人がいるけど、それはプラシーボ効果で、
前世とか星占いとか、そういうもの自体に力があるわけじゃないけど、
スピリチュアルが流行るのには意味がある。
今の世の中は合理的な世界やけど、ずっと合理的でいると、神秘的なものが欲しくなる。
じゃあ、完全に神秘ばかりになるかというと、そうではない。
今のスピリチュアルの立役者と話すと、別に現代の科学を否定してるわけじゃなくて、
合理的な考え方をもちつつ、神秘的な考えも持ってる。
スピリチュアルが流行ってるのには、合理に偏らないで、神秘も取り入れて、
全体性を持ちたい、みたいなのがあるんじゃないか。
みたいな事を言ってた。

スピリチュアルの立役者には、イギリスで学んでた人が多くて、イギリスがキーじゃないか、とも言ってた。
そういえば、河合隼雄の「ケルト巡り」という本の魔女の話を思い出した。(ケルトというのは、イングランド以外のイギリスとかアイルランド)
魔女と言えば神秘的やけど、魔女がやってることは心理カウンセリングと同じで、基本的に相手の話をじっくり聞くらしい。
それで魔女が自分の仕事じゃないと判断したら、カウンセラーや医者を紹介するらしい。
その魔女は、合理と神秘を両方持ってるようや。
ヨーロッパはほとんど一神教のキリスト教やけど、
ケルトは日本と同じ多神教で自然信仰らしい。
だから?ケルトも日本も、合理なら合理だけ、神秘なら神秘だけ、じゃなくて、
合理と神秘、両方を取り入れやすいのかもしれないなぁ。